でぇー

 
あー死に至る病は面倒だね、本当に。
 
それとタイミングと現象の理解も今ならできる。
 
あの頃の彼じゃ無理だねこりゃ。
 
でも、強くてニューゲームはハードモードじゃなきゃできないみたいで。
 
エクストラモードじゃないからまぁいいか。
 
ウッドベースくらいしかきちんと抱けなくなって。
 
早く雪降らないかな。苦しいな春は。
 

科学

 
科学も宗教だ。
 
そして宗教に対して私にとって適切な解答を与えてくれた小説を執筆中の彼女に感謝。
 
こんなとこで言うのもなんですが楽しみにしています密かに(全然密かじゃありませんが。
 

123

 
1は黒、2は青、3はレモン色、4は赤、5は緑、6は黄土色、7は黄色、8は藍色、9は茶色、0は透明。
 
私のアイデンティティはこれであって、もはやこれで十分じゃないのか?
 
自分自身のアイデンティティを否定するような生き方もまた人生の一つではないだろうか。
それもまた、楽しいのではないのだろうか。いや、楽しいに違いない。
 

ころころ

 
社会には色々な事柄が転がっていて、
悲しいこと、嬉しいこと、人の感情が動かされる事柄がたくさん転がっている。
 
しかし、それは本当に悲しいこと、嬉しいことなのだろうか。
事柄には感情や、イメージの良い悪いは無いのではないだろうか。
 
例えば、偉大な人物が無くなった時、悲しむ人々は多くいるだろうが、動物などは悲しむことはない。
動物で無いとしても、その偉大な人物を知らない人なら悲しむことはないだろう。
 
つまり、事柄そのものには思いに関する情報は無く、その情報は人の中にある。
人々の中に書かれている情報を、事柄を見ることによって人々自らが書き換え、
その書き換えられた情報に人々は涙し、喜び合っているのだ。